金融市場に気候変動の影
9月下旬にニューヨークで開かれた国連総会の会合では、10代の環境活動家、グレタ・トゥンベリさんが気候変動に対する緊急対策を呼び掛ける熱烈な演説で話題をさらった。
スピーチは衝撃的だった。だが、あれだけの熱弁の後でも、投資家がまだ気候変動がもたらす重大性に気付いていないのであれば、別の出来事に目を向けてほしい。国連が支援する「責任投資原則(PRI)」という団体が、「現在の金融市場は、気候変動に対して目先実行されそうな政策を十分に織り込んでいない」と警告する報告書を発表したのだ。
実際、約500社のグローバルな資産運用会社も加盟しているPRIは、「2025年までに、気候変動への対策が遅れたことによる強烈、唐突かつ無秩序な」市場の反応があると予測している。平易な言葉で言えば、市場のショックを予想しているということだ。
この言葉が抽象的すぎると思うなら、米マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタント、ディコン・ピナー氏が国連で、「無秩序」な価格調整が起きるかもしれない場所をいくつか例示している。
もともと低湿地が多いことに加え、近年は大型ハリケーンによる被害が増えている米フロリダ州などの沿岸地域は、金融機関、保険会社、住宅所有者に資産価格のショックをもたらす恐れがある、と同氏は警鐘を鳴らした。スペインやフランス南部、ギリシャ、イタリアなど、干ばつの増加が信じがたいほどに予想されている場所も同様だという。
■慢性的な洪水被害が保険料率押し上げる
一方、総会の週に国連本部の議場で飛び交っていた分析は、さらに衝撃的だった。
例えば環境問題専門のコンサルティング会社ジュピター・インテリジェンスは最近、米国の銀行と保険会社のためにも運用している理論モデルのシミュレーションを筆者に見せてくれた。
フロリダ州南部の住宅ローン10万件の合成ポートフォリオ(実存する銀行の融資残高に基づくデータ)を基に試算した結果、ジュピターは同地域の洪水被害による損失が今後20年間で3倍に膨らむと予想している。
その背景には、例えばハリケーンなど、ニュースの見出しを飾るような大規模な自然災害の頻度が高まっていることがある。だが、損失の拡大が予想される最大の理由は、床上浸水が30センチに満たなくても、数年ごとに一段と多くの住宅を襲う洪水など、慢性的なリスクが増大していることだ。
これは当然ながら、住宅保険や災害保険を提供する保険会社にとって痛手となる。被災により住宅を失ったり、住宅価格が下がったりしてもローンは支払い続けなければいけない、一部の住宅所有者にとっても惨事となるだろう。
なお、米国で個人が不動産を買う際は30年ローンを組むのが一般的だが、住宅価格などを基に算出される住宅保険の料率は毎年見直される。近年、気候変動による災害が増えていることを踏まえれば、保険料率は上昇し続ける可能性が高く、そのために住宅ローンを払えなくなってデフォルト(債務不履行)を起こすケースが予想される。借り手と貸し手の双方が打撃を受ける恐れがあるわけだ。
ジュピターのリッチ・ソーキン最高経営責任者(CEO)は「こうした事情は市場に織り込まれていない」と指摘する。また、マッキンゼーのアナリスト、ハンス・ヘルベックモ氏は「ジュピターのこの分析に基づくと、当社の分析では今後10~20年で、(住宅ローンのデフォルトによる)損失率は07年(のサブプライム危機)と似た水準に達しかねないことを示している」と語っている
■投資家や政治家、重大性気付かず
だが、同じくらいショッキングなのは、多くの投資家と政治家がまだ、こうした気候変動に伴う金融リスクについてそれほど気に留めていないようにみえることだ。
この原因の一つは、悪いニュースを自発的に有権者に伝えようとする政治家が少ないことにあるだろう。
もう一つの問題は、金融業界と政策立案者が、10年以上前に住宅のサブプライムローン(信用力の低い層への融資)がもたらす危険を大半の投資家が理解できなかったのと同様の構造的パターンに陥っていることだ。
現在、ごく一部の保険専門家と気候変動の科学者はリスクを理解している。ヘッジファンドなど、一部の抜け目ない金融業者も現状を知っている。しかし、大半の一般投資家は気候変動がもたらす影響の大きさをほとんど理解できていない。気候変動に関する科学が、それこそ住宅ローンのデリバティブ(金融派生商品)と同じように技術的に複雑なためだ。資産運用のプロでさえ、保険の予想に埋め込まれている確率を割り出すのに苦労している。
その結果生まれるのが、極端な「情報の非対称性」だ。さらに悪いことに、金融機関と政府機関における縦割りが合理的な計画策定を阻害する。
また、気候変動という問題が長期的な課題であるため、一部の投資家は米連邦緊急事態管理局(FEMA)のような政府機関が、災害保険に加入していなかった住宅に対する助成など、セーフティーネット(安全網)を設けるだろうと勝手に思い込んでいる。
この独りよがりな見通しは恐らく間違っている。住宅ローン市場をショックから守るため米国の連邦機関が対応策を導入するだろうという、08年の金融危機以前に広まっていた考えと変わらないのだから。
■サブプライム危機と同じ道をたどるか
では、この話は最終的にどこへ行き着くのか。PRIなどの研究を受け、投資家と保険会社、銀行が資産価格のスムーズな調整を可能にするようなタイムリーな行動に出ると考えられたら、どれほどいいことか。世界各国の政府がトゥンベリさんの要請を聞き入れて気候変動の問題に取り組み、行く手に待ち受ける気候変動の問題について有権者に対してもっと正直になれたらなおさらいい。
だが、こうした楽観的な方向に話が進むことに期待してはいけない。歴史は、極端な情報の非対称性が発生すると、市場にショックが起きることを教えてくれている。これはまさに、サブプライム住宅ローン危機で起きたことだ。気候変動でも似たような展開になったとしても想像に難くない。
By Gillian Tett
(2019年9月27日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)