先住民文化、今こそ守る 聖地の登山禁止や入れ墨解禁
【シドニー=松本史氏】世界各地で先住民の文化や歴史を尊重する動きが広がっている。オーストラリアは26日から巨岩「ウルル」への登山を禁止し、カナダでは観光を活用して伝統文化を継承・保護している。世界で3億7千万人いる先住民の尊重は国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」に盛り込まれ、国の政策や企業経営でも重要度が増している。
豪州にある世界最大級の一枚岩ウルル(英語名エアーズロック)は先住民アボリジニの聖地で、所有権を持つ。かねて登山を控えるよう要請し「非常に重要な場所で、ディズニーランドのようなテーマパークではない」(ウルルの地主の一人でアボリジニのサミー・ウィルソン氏)などと主張してきた。
国内外から年間約37万人(2018年)が訪れるウルルは豪州にとって貴重な観光資源でもあった。議論は長く続いてきたが、26日以降は登山が禁止となる。
ニュージーランド(NZ)では、NZ航空が9月から客室乗務員らのタトゥー(入れ墨)を解禁した。先住民マオリはタトゥーを入れる文化を持つが、同航空は従来は顧客の目に触れないよう求めていた。「従業員が個性や文化を表現する方法」と判断して規則を緩和した。
国連によると先住民は世界70カ国以上に暮らす。同化政策や差別にさらされた歴史を持つ民族も多く、言語をはじめ文化の継承は各国の課題だ。
人口の約5%、160万人以上の先住民が住むカナダでは、先住民の文化体験を観光に取り入れる動きが広がる。15年設立のカナダ先住民族ツーリズム協会(ITAC)が旗振り役だ。踊りや工芸品の鑑賞に加え、テント宿泊や犬ぞり体験など本格的なプランも多い。カナダ国内で3万人以上の雇用を生み出す。
ノルウェーの北部のボーデは9月、欧州連合(EU)が選ぶ24年の「欧州文化首都」に決まった。様々な文化の催しを集中的に開催する。ボーデには先住民サーミの血を引く住民が多く居住しており、サーミ語の積極的な活用を立候補時に掲げた。
日本では今年4月に「アイヌ新法」が成立した。北海道を中心に居住するアイヌを「先住民族」と初めて明記した。文化伝承や観光を支援する交付金の創設が盛り込まれ、アイヌ文化振興への期待がかかる。
国連は「先住民族は世界のもっとも不利な立場に置かれているグループの一つ」と位置づけている。権利向上の必要性を訴え、15年に採択されたSDGsでも、教育や職業訓練への平等なアクセスなどの項目で先住民族に触れている。
ただ、開発を進める企業や政府と先住民らが対立する事例もある。世界最大級の望遠鏡TMTの建設が予定される米ハワイ島マウナケア山の山頂は先住民の聖地にあたる。7月には大規模な抗議活動があり、建設予定地への道路は封鎖され工事は中断したままだ。TMTには日本の国立天文台も参加する。抗議活動も影響して、稼働は当初の21年度から27年度にずれ込む見通しだ。
南米ペルーでは、政府が資源企業に出した原油や鉱物の採掘許可の取り消しを求め、先住民が少なくとも8件の訴訟を起こしたと報じられている。いずれも先住民の居住地内にあり、判決が出た6件では先住民側の訴えが認められた。
各国で先住民文化の価値を再評価する動きが広がるのは、民主主義や資本主義など「欧米型の価値観を基礎にした近代のあり方が揺らいでいる」(先住民の人権問題に詳しい恵泉女学園大学の上村英明教授)こともある。地球温暖化への懸念が強まる中で、先住民が自然と共生する姿勢を評価する見方もある。