中小の「廃業支援」広がる 債務超過前に買い手探し
後継者難などに苦しみ、未来の展望が描けない中小企業の廃業を支援するサービスが相次ぎ登場している。新生銀行は資産超過のうちに事業整理を促す「廃業支援型バイアウト」サービスを提供。事業承継を目的としたM&A(合併・買収)も増加し、廃業に必要な資金を融資する制度も整いつつある。中小の再チャレンジを促せば、経済の新陳代謝にもつながりそうだ。
創業70年を超える東京都の内装品卸会社の3代目社長だった高橋義男さん(仮名、56)は今年2月、保有する全株式を新生銀行に売却した。「しばらくは何もしなくていいのよ」。妻の一言で自分が極限状態に追い込まれていたことに初めて気付いたという。
30代半ばで父から会社を引き継いだが、4年前に営業赤字に転落。不採算事業の整理などを進めたが「改善の兆しすら見えなかった」。高橋さんは金策で神経をすり減らし、廃業を真剣に検討し始めた。そこで頼ったのが新生銀の「廃業支援型バイアウト」事業だ。
新生銀は事業会社などと案件ごとにファンドを組成し、営業赤字だが資産超過の中小企業の全株式を買収する。興味を持つ相手を見つけて事業や不動産を売却し、運用益を出しながら計画的に事業再生や清算を進める。2018年には約10社の廃業や再生を支援した。
「従業員の雇用を維持できたし、老後の資金もある程度得られた。自分としては満点のたたみ方だった」。高橋さんは吹っ切れた表情で話す。
東京商工リサーチによると、18年に休廃業・解散した企業は4万6724社で、前年比14%増えた。70代以上の経営者が55%を占め後継者難も深刻だ。一方で倒産件数は8235件と前年比2%減った。追い込まれる前に、自発的に廃業を選ぶ中小企業が増えている。
ただし現実は甘くない。19年版の「中小企業白書」によると、16年度では35.3%の中小企業が営業赤字で、3割超が債務超過に陥っていた。中小経営者の多くは、金融機関の借り入れに個人保証を付けている。債務超過に陥った後で廃業を選ぶと、返済のために土地など財産の処分を求められかねない。袋小路に入り込む前に、手を打つことが肝心だ。
多くの企業がここに着目している。新生銀は17年、他行に先駆けて事業化した。舛井正俊・事業承継金融部長は「経営者が早期に決断できれば流れる血を減らせる。前向きな廃業を少しでも増やしたい」と話す。赤字が続いていても債務超過に陥る前ならば、事業再生など様々な手を打てる。
中小のM&Aも活況だ。売り手と買い手の情報サイトを手がけるトランビ(東京・港)には、提携する会計士や行政書士などの専門家が、廃業を検討中の顧問先企業の情報を次々登録する。売却に成功する企業は1割強で、残りは清算など廃業手続きに移行するが「M&Aに挑むことで経営者は覚悟を決められる」と高橋総社長は話す。
M&A仲介のストライクは税理士協同組合との提携を強化する。廃業を検討する中小を早期に見つけ、価値の高い段階で売却などの選択肢を提供する狙いだ。提携先は全国10組合にのぼる。
人材サービスのビズリーチ(東京・渋谷)やリクルートなども後継者問題などに悩む中小に対して、それぞれが展開する事業承継サービスへの登録を呼びかけている。
公的制度も整いつつある。18年末、京都府で90年近く続いた建築材料卸が廃業した。赤字と後継者難に悩んでいた経営者の背中を押したのは、18年4月に創設された「自主廃業支援保証制度」。従業員の退職金など廃業に必要な資金を借りられる。各地域の信用保証協会が保証をつけ、銀行などとの交渉も支援する。
京都信用保証協会企業発展推進課の大月秀一課長は「経営者に提案するのは心苦しいが、円滑に廃業を進めるために、新たな手段として利用を検討してほしい」と話す。
一方でトラブルの種も潜んでいる。近年の焦点は「0円承継」。債務超過に陥った企業の経営者から、株式と債務をファンドなどが無償で譲り受け、不良債権を処理したうえで事業再生を目指す取り組みだ。
中小企業基盤整備機構など出資者が明確なら問題ないが、知的財産や顧客基盤のみを吸い取って逃げていく「乗っ取り屋」も増えているという。
■「新陳代謝しかない」経営共創基盤・冨山CEOに聞く
日本の開廃業率は米欧と比べて低水準だ。特に廃業率は米国が10%(11年)、英国が17年に12.2%であるのに対し、日本は同3.5%にとどまる。
「右肩上がりの成長が期待できずイノベーションが重視される時代に、企業の活力を取り戻すには新陳代謝しかない」と主張するのは、カネボウなどの企業再生を主導した経営共創基盤の冨山和彦最高経営責任者(CEO)だ。「テレビドラマのように企業を再生できれば理想的だ。しかし再生は難易度が高く、会社を一度たたんで新事業を興す方が成功確率は高い」
障壁となる経営者の個人保証についても、支援の取り組みが広がってきた。日本弁護士連合会などは14年に「経営者保証ガイドライン」の運用を開始。廃業や倒産時に個人保証を外して自宅や土地といった資産を保全するなどの内容で、弁護士が金融機関などとの協議を手助けする。
冨山氏は「日本の中小企業の多くは年老い、完全な健康体はほとんどない」と話す。経営者自身が撤退か継続かを判断すべきだとしたうえで、こう述べた。「早ければ早いほど売却のチャンスが広がる。なんら恥じることはない」(京塚環氏)