対話型授業 スマホ一役 神奈川の全県立高で導入へ
神奈川県立生田高校総括教諭 小原美枝氏 生徒の私物活用/教員の研修充実必要
神奈川県は全ての県立高校で、生徒が私物のスマートフォンなどを学習に利用できる環境を整える。先行導入した県立生田高校(川崎市)の小原美枝総括教諭は、授業を対話型に変える上でスマホなど情報機器の効果は大きいと指摘する。
神奈川県教育委員会は9月、県立高校など全144校への無線LANとインターネット回線の設置をほぼ終え、「BYOD」を可能にする環境を整えた。BYODはBring Your Own Deviceの略。使い慣れた私物のスマートフォンやタブレット端末を学校で使えるようにすることを意味する。
導入の背景には高大接続改革がある。これからの大学入試では、高校での活動を記録したポートフォリオの利用やコンピューターを使った試験が想定される。県としても「1人1台端末」による学習環境の整備を急ぐ必要があったが、県立高校生約12万人分の端末を用意するには多くの費用と時間がかかる。
そこで生徒所有の端末を民間回線につなぐ手法でBYOD環境を整え、「1人1台」を実現することにした。これだと回線使用料など維持費の増加は1校当たり月4万5千円程度で済む。前提として(1)神奈川県は高校生のスマホ所有率が97%と高い(2)民間の高速光回線を利用できる地域が多い(3)スマホを持っていない生徒に貸し出すタブレット端末は準備できる――という状況があった。
筆者が勤務する生田高校は落ち着いた校風で生徒の学習意欲は高い。これまでも県の研究校に指定され、タブレットやプロジェクターを授業で活用してきた。2018年度からはBYODのモデル事業校となり、新たにスマホを導入した。
□ □ □
授業の変化は大きい。ひと言でいえば対話型になり、生徒が発信する機会が増えた。授業支援アプリを入れたスマホから意見や答えを教員の端末に提出したり、生徒同士で瞬時に共有したりすることが普通になった。
2年生の数学を担当している筆者は、この機能を使ってグループで発展的な課題に取り組ませることが多い。生徒は授業前半に基本的な事柄を学び、後半では新たに学んだ知識を使ってスマホに配信された課題をグループで考える。
各グループの解答はスクリーンに出し、生徒は互いの解答を比べて新たな気づきや疑問を得る。解答の過程を質問された生徒は前に出て説明し、さらに別の生徒が発言して授業が進む。生徒の発言意欲が高まり、互いに学び合うことで主体的な学習につながっている。
スマホは学習用具としても役立つ。例えばグラフ作成ソフトを使い、二次関数のグラフを書いたり動かしたりして問題の解き方を考えることができる。一つの数表に各自が実験の結果を入力して共有することもある。
今年入学した1年生の授業も紹介しよう。国語では物語の感想をスマホから提出し、それぞれの意見を比較した。英語ではスマホの音声入力機能を使って互いの発音を聞き比べ、注意すべき箇所を確認。理科ではシミュレーションソフトを使って実験結果を予測し、その理由をグループで話し合うといった具合だ。
□ □ □
今日では他者と協働して考えたり、情報機器を活用して問題を解決したりする「21世紀型スキル」が求められている。スマホを活用すれば対話型の学習が増え、限られた授業時間の中で効率的にこれらの力を育める。
もちろん、それは教員の指導力があってこそだ。対話型の学習では生徒の学び合いを促すための発問が重要になる。板書が不要になることで生まれた時間をどう使うかも問われる。スマホを使わない場面を意図的につくることも大事だ。
教員には生徒が知識を構築していくためのファシリテーター(支援者)的な役割が求められる。現在は全員がその力量を身につけているわけではなく、今後研修などを充実させる必要もある。
スマホを授業で活用するに当たり、利用ルールを策定した。(1)毎日スマホを持参する(2)充電は自宅でする(3)端末は自己管理(4)ウイルス対策は各自で行う(5)ユーザーIDとパスワードは絶対に他人に教えない――などだ。
黒板の撮影は構わないが、SNS(交流サイト)上での授業に関するつぶやきや動画の配信は禁止。他人のIDの不正利用やハッキング行為、悪口の投稿も厳禁だ。
4月に行う1年生向けのオリエンテーションの中でルールを徹底し、年2回の携帯電話教室と合わせて情報モラルを指導している。当初「授業中にスマホで遊ばないか」「スマホによる生徒同士のトラブルが増えないか」などが懸念されたが、授業規律の乱れや大きな問題は起きていない。
本校を視察に訪れる高校関係者からは「授業でのスマホ活用はハードルが高い」との声が聞かれる。スマホに関し「授業中は出さない」「校内ではかばんにしまう」といった規則のある高校が多いようだ。安全な学校生活のため規制が必要だという思いは理解できる。
だが高校生のスマホ所有率は9割を超え、校門を一歩出ればスマホを使う。学校での使用を禁じて校内だけを安全にするよりも、モラルやマナーを指導し、効果的な使い方を考えさせる方が生徒に有意義ではないか。
ICTはすさまじい速さで進歩しており、高校は生徒に将来必要となる力を身に付けさせなくてはならない。21世紀型スキルの育成にはグループ活動や話し合い、情報機器を活用した課題解決の作業が不可欠であり、スマホは、これらを円滑に行う道具になりうる。
各学校の実態に応じて利用のルールを作り、モラルを十分に指導しつつ、スマホを授業に生かすことを提案したい。